2018年2月28日水曜日

見た夢

アルバイト先へ向かうために電車に乗っていた。上野東京ライン快速品川行きだと思っていたのが私が乗っていたのは謎の品川方面行きで、全国規模の環状線になっていたのだ。私は車内で寝てしまい日暮里駅を寝過ごし品川駅も過ぎてしまったらしく、起きた時には「次は岡山」と電光掲示板に表示されていた。時間は10:23だった。バイトの始業時間は10時だったため完全な遅刻をしてしまった。反対まわりの電車は無いらしく岡山駅の次は香川駅、東京に戻るために日本一周をせざるを得なくなった。今日はもうアルバイト行けないなと思い謝罪のメールをすることにした。



日記

三輪車というものは前輪が1つで後輪が2つというものだと思い込んでいた。前輪は1つのほうが急な方向転換にも対応しやすそうだし、そこに後輪が2つあることで安定感も確保されやすそうだからだ。今日スーパーに立ち寄ろうと思ったら前輪が2つ、後輪が1つのタイプの三輪車に乗ったおばあちゃんとすれ違った。2つの前輪の間にカゴが配置されていて、あとは一般的な自転車と同じ。案外便利なのかと思って操縦しているところを見ていたが、方向転換のキレは期待できそうになかったので平和な世界の乗り物なのだなと思った。

2018年2月25日日曜日

自販機について

コカ・コーラは自販機でポカリスエットに並び、上の方の列にいることが多い気がする。統計を取ったわけでも何でもないので気のせいかもしれないが、もし本当なら飲料界では身分が高いということだろうか。

逆に身分の低いペットボトルについて考えてみる
猫避けペットボトル
猫避けペットボトルはペットボトルの天下り先として最も下位な職であり、自ら望むものではないものとされていそう。

自販機で飲み物を買う度に、あまりにも無慈悲に飲み物突き落とされてるな〜と思う。自分がペットボトル飲料ならこんな仕打ちあんまりだ!となりそう。

飲み物とお釣りをかがまないと取れないくらい下に取り出し口があるのは、私たちのために利便性を求められた自動販売機自身の最後の反抗だったとしたら、彼らは緩やかに私たちの腰へ負担をかけることで直立二足歩行の運命でもある腰痛に加担することに成功している。

2018年2月24日土曜日

駅から家までの間の道が帰り道になるのは大抵夜だ。当たり前だけど、夜なので暗い。

ある日私はその帰り道を知人と一緒に歩いていた。税務署?の前にさしかかったとき、「なんかここ通るのいつもちょっと怖いんだよね」と言ってみた。税務署は夜になると完全に閉まる上に街灯も少なく暗いからで、共感を得るつもりで言った。けれど相手はあまりピンと来ていなかった模様で、私はなんとか共感を得られまいかと辺りを見渡し「ほら、ここらへん街灯少ないし」「あ、税務署の裏お墓あるし」「しかも、なんか鳥居あるし」とこの道の怖いポイントを探して主張を続けた。相手も確かにちょっと怖いねと納得してくれたのでそのまま帰った。

今日一人で帰り道を歩いていたときに、ふとその日のことを思い出した。今までこの道のことはなんか周りより暗いからぐらいのふんわりとした理由で怖いなあと思っていたのが、その日相手に怖さを伝えるため怖いポイントを探してしまったがために、怖いポイントを自分自身に対しても明確にしてしまった。帰り道にお墓があるだなんてその日に気づいたことだった。気づいてしまったが最後、もうその道を通る度にお墓が目の端にうつり込んでくるようになってしまった。気づいてしまったら気づく前には戻れないと言うが本当にそうだな。引っ越す直前に、やなことに気づいてしまっていたことに気づいた。

2018年2月21日水曜日

今日は中野から西荻窪まで散歩した。基本的には中央線の高架下の通路を歩き、通れないところは線路沿い、線路沿いも通れないところは住宅街を歩いた。住宅街は行き止まりが多くて迷路かよと思うところが多かった。生まれと育ちは京都で、そこでは道と言えば基本的には直行していたので、東京のぐねぐねとした道には未だ慣れられていない。迷いながら歩いていると様々な形のブロック塀の穴があり、写真を撮ってまわった。

阿佐ヶ谷アニメストリートというものがある。阿佐ヶ谷駅付近の高架下にあり、一時期は栄えていたらしいが私が行った頃にはほぼシャッター街状態だった。ここに寄りたい店はないだろうと思いつつ現存する数軒の商店を少し覗きながら歩いていた。一軒ガチャガチャが沢山並んでいる商店があり覗いてみると、今日はいいやとやり損ねて以来出会えてなかったガチャガチャに出会ってしまった、ミニチュアの信号機のやつです。マジかと思いながら客も店員もいない店内で一人ガチャガチャをした。

当たったのは歩行者自転車専用の信号機で、スイッチをONにすると赤信号が光るやつでした。ケースに同封されている説明書に日本信号からのメッセージが載っていた。


交通信号制御装置の他、鉄道信号制御装置・駅務自動化装置、駐車場自動化装置の製造及び販売をしています。

より安全で優れたシステムで支え、
人々が安心して利用できる交通インフラの実現に貢献しています。

普段点灯している信号が災害等で消えている不安感。
点灯したことにより日常に戻った安心感。
あなたにもありませんか?


最後の段落の文章にハッとさせられた。私はまだ災害等の被害をモロに受けたことが無いのでこのような不安を感じたことがなかったし、信号が消えていることに不安を感じるだろうと考えたこともなかった。
変わらない毎日は、私の知らない仕組みによって今日も繰り返されている。そんな身の回り全ての仕組みに意識を注ごうとするなど到底不可能で、無意識の内に日常という枠にはめこむことでそのことを気にせず生活している。
私にとって信号の点灯は気にしたことの無い日常の一部だった。

想像の中でいつもの通学路を歩いてみる。途中にある信号、遠くに見える信号、その全てが点灯していないとすればどう感じるだろうか。車通りが少なく大体の人が無視している機能していない信号も、いつものように点灯していなければ何かある種の不安を感じてしまうのだろうか。


そういえば朝、電柱の地中化が進められるとニュースで見たが、いつか電柱が一本たりとも地上から無くなったらどう感じるのだろうかと思う。案外何も感じずそれがすぐ日常になってしまう可能性も高いが。

2018年2月17日土曜日

ミスドでのおかわりシステムを初めて使っている。小さめカップのロイヤルミルクティー一杯324円もおかわり自由を考慮すると妥当だし、カップが小さいのであったかいうちに飲みきれあったかいものをまた注いでもらえるのでこれはいつまでも居れそうで危ない。ロイヤルミルクティーを自分で淹れると、牛乳の膜が発生しそれが破片になってマグカップ内を浮遊し心地よく飲めない。そのところミスドはそんなもの一欠片も入っておらず不純物の無いロイヤルミルクティーだった。
カフェによってロイヤルミルクティーに砂糖が入っているか入っていないかが異なるがミスドは入っていなかった。ポン・デ・リングなど砂糖まみれになったドーナツと一緒に飲むには丁度良いので、偶然かもしれんが考えられているなあとその時は思った。ドーナツを食べ終えた後、私はスティックシュガーをロイヤルミルクティー一杯につき二本入れ飲み干してはおかわりを繰り返していた。

コカ・コーラに含まれる糖分などをスティックシュガー何本分と表し現実を突き付けゲッと思わせる表現方法があったと思う。スティックシュガーをロイヤルミルクティー一杯につき二本入れ飲み干してはおかわりを繰り返していた私の前には空っぽになったスティックシュガーの袋の残骸が並んでいた。その残骸たちは私が摂取した分量を正しく私に提示してくれていた。目の前の残骸たちとマグカップと私の関係性が「紙面で見るコーラとスティックシュガー」と私の関係性とは段違いにダイレクトな情報すぎることに気がつき、ゾッとして飲み続けることを切り上げ、そそくさと店を後にした。

その時は一日何g糖分は摂取していいのか覚えていなかったので分からなかったが、WHOによると一日小さじ6杯分までらしいです。余裕で超えていそうだったので帰って正解だった。

2018年2月14日水曜日

電車の中から外を眺めているとイギリスの国旗がはためいていた。正真正銘ここは日本であるので、あんな千葉の住宅街に大使館でもあるのかと思い目を凝らしたら、イギリス国旗をあしらった大きなタオルケットがベランダに干されているだけだった。

2018年2月13日火曜日

北千住でチョコ卍と書かれた給食当番の時によく使っていた布のマスクをしたパンチパーマのお兄ちゃんがいた。そういえばもうすぐバレンタインだもんな。そのマスクの効果や如何に。

そのあと入ったお店でレジうちをしてもらった店員さんの苗字が「皀さん」だった。日本語の流暢さ的に中国人でもなさそうだなと思いローマ字表記を見ると「SAIKACHI」と書かれていた。あとから調べてみると日本全国に110人ほどしかいない苗字だったらしい(真偽は不明だが)。こう珍しい苗字の人と出会うとラッキーな気持ちになるので、今夜はラッキーな気持ちです。

2018年2月9日金曜日

朝バイト先に到着すると、いつも眠そうにしていた飼い犬の姿がなかった。はてと思っていたら、タイムカードのそばに「2月8日21:30永眠しました。」との貼り紙があるのを見つけた。貼り紙の中には抱かれた元気な頃の飼い犬の姿に「今までありがとう。バイバイ!」という吹き出しがついていた。

私は犬のおかげでバイト先の空間が少し獣くさいのをいつも少し気になっていたが、急に全く無くなると気配がなくなることがこんなにも不在を確固たるものに感じさせるのだなと寂しさを感じた。

その犬が亡くなって分かったことは、私は犬の鳴き声や喉の音なんかだと思っていたのが、椅子を引きずったときの音であったということだった。はじめは「今日も喉鳴らしてるな~」と思っていたがよく考えるともうあの犬はこの世にはいないはずなのだった。これまたはてと思ってよく周りを見渡すと工房長が椅子を引くときにその音がなっていることが分かった。けれども、その音を聞いて私が「今日も喉鳴らしてるな~」と思った時確かに犬の存在があった。
存在とは物質的なものとしてだけでなく、その存在が出す音やにおいによるもので感じていたところが多かったことを知った。

2018年2月8日木曜日

同じ時間に同じ目的地を目指しているはずなのに出会わない人々のことがずっと気になっている。
登校だったり通勤だったりなどでのことだ。例えば学生時代、通学路で気になる人と出くわすことはどちらかが朝練へ行ったり・遅刻しない限り容易なようで、とてつもなく難しいものだったような気がする。同じ電車に乗っていたはずでも出くわせない日は出くわせないのが本当に不思議だった。
今勤めているバイト先がある。そこでは勤務開始時間の10分ほど前に私を含めた4人ほどが到着するのだが通勤路は一本道のはずなのに一人の姿も見かけたことがない。普段地面を見て歩いているからかと思い今日はキョロキョロしながら歩いてみたが、やはり誰の姿も見ることはできなかった。

2018年2月7日水曜日

一日中寝て、ずっと夢を見ていたはずだが詳細までは一つも思い出せない。けれど、ハッピーなものは一つもなくて、誰かから逃げ隠れ続けたり、誰かから理不尽な扱いを受けてむかついたりした記憶だけが薄っすらとある。夢の中で追い詰められてだったり殺されて目が覚めたりというのが基本でどうにかしたいものなのだが、夢にまで見た夢の世界に夢の中で行くにはまだまだ時間がかかりそうで模索中。

2018年2月4日日曜日

行きしなの通勤路でザアザアと豪雨のような音がするが全く晴れ晴れとしていて変だなと思ったら、近所の学生寮のおとなりさん(ボロ屋)の雨樋?のあらゆる部分から大量の水が滝の如く滴り落ちている。帰りしに見たときには何事もなかったかのように静かで、あれは雪解け水で流れきったか、水道管でも壊れたのが直されたのか、結局わからずじまいだった。

2018年2月2日金曜日

お風呂に入り、上から順に洗っていくにしたがって「この空間の中で一番清潔なのは自分だ」という気持ちが強くなってきて、出来る限り身体が風呂場のあらゆる部分に触れることの無いように行動を制限し始める。

そのことに完全に集中していてふと鏡を見た時、逆さまになった沢山の自分がこちらを見ていてヒイッっとなってしまった。鏡に付いた水滴に映りこんだ像はカメラオブスキュラのように逆さまになっていた。壁に耳あり障子に目ありという言葉を思い出した。この場合なら鏡に顔あり?語呂悪いな


朝、上野公園を歩いていたらコピー用紙に印刷され丁寧に切り出されたアキラ100%が落ちていた。裸体と銀のお盆が見えたので間違いない。写真を撮ろうか迷った瞬間には通り過ぎ終えていたため、戻るほどではないなとスルーしてしまってからあの存在が頭から離れない。

帰り道にその姿はなかった。

上野駅構内のニューデイズでおにぎりを買って常磐線快速に乗った。とてもすいていたので二人がけが向かい合っている座席に座りおにぎりを食べながらスマホを触ろうとしたら、スマホは手から滑り落ちた。拾おうとかがむがその姿は紙のアキラ100%と同じくどこにもなかった。近くに座っていたお姉さんが電話を貸してくれ、自分に電話をかけたが音沙汰無い。焦って駅員に事情を話そうとしたが「スマホが手から落ちたら姿が消えた」と意味不明にもとれる説明しかできなかった。元々北千住で降りたかったが駅員の「北千住ー松戸間が時間があるのでその時なら…」という言葉が聞こえて気づいたら私は柏で降りることになっていた。私は「柏で降ります」と言っていたらしい。
北千住駅を過ぎ、駅員さんがやってきた。私が座っていた座席のシート部分をべりべりと剥がすと椅子の骨格なるものが露になり、私のスマホはその檻に閉じ込められていた。幸い私はスマホにストラップを付けていたため、駅員さんが割りばしをそこに引っ掛け釣って保護に至った。
私はもしかしたら落とした瞬間に拾って届けられたか拾いパクられただけならどうしようと最悪な状況のシミュレーションを繰り返していた。なので、まさか普段座っていた座椅子の中が空洞だとは思ってもみなかった。だからといって、何で詰まっていると思っていたかと聞かれても困るのだが。

無事スマホを保護し有言実行柏に降り立った私は、せっかくなのでキネマ旬報シネマで映画を一本見てから帰宅した。

帰宅後溜まった通知を確認していたら見知らぬ番号から何度も電話が来ている。不気味だなと消してしまったが、寝る前に、車内で失くしたスマホを探すために電話をかけさせてもらったお姉さんのものだと合点がいった。070から始まる電話番号を見たのはこれが初めてだった。