私は犬のおかげでバイト先の空間が少し獣くさいのが少し気になっていたが、急にその獣くささが全く無くなって、気配がなくなることがこんなにも不在を確固たるものに感じさせるのだなと寂しくなった。
その犬が亡くなって分かったことは、私は犬の鳴き声や喉の音なんかだと思っていたゴロゴロという音が、椅子を引きずったときの音であったということだった。
しばらく「今日も喉鳴らしてるな~」と思っていたが、よく考えるともうあの犬はこの世にはいないはずなのだった。これまたおかしいなと思ってよく周りを見渡すと工房長が椅子を引くときにその音がなっていることが分かった。けれども、その音を聞いて私が「今日も喉鳴らしてるな~」と思った時、確かに犬の存在があった。
存在とは物質的なものとしてだけでなく、その存在が出す音やにおいによるもので感じていたところが多かったことを知った。
存在とは物質的なものとしてだけでなく、その存在が出す音やにおいによるもので感じていたところが多かったことを知った。