2022年9月15日木曜日

術後9日目(退院日)

 夜食作戦大成功で朝まで寝られた。術後熱がずっと引かなかったけれど、今日になって無事平熱に戻ったので安心して退院できる。10時半頃、誕プレとして母にねだった長時間の座り作業でも腰が痛くなりにくいというクッションを乗せて、父が車で迎えにきてくれた。外はかなり暑かった。

 午前中の退院だったので家に着く前には空腹に。病院のテレビでずっとCMを見ていて食べたかったので月見バーガーをリクエストした。帰宅前にマクドのドライブスルーへ買いに行った。卵が入ったバーガーが好きなので普段は朝マックに行きがちだけど、春と秋は一日中食べられるのでありがたい。

 退院日でもあるが何を隠そう今日は私の誕生日でもある。車の中で、誕生日なのを思い出してか「生まれ変わった感じやね」と父に言われた。そう、24歳からはこのニュー身体と人生を歩んでいくのだ。人生パート2の始まりよ。


2022年9月14日水曜日

術後8日目

 朝4時頃目覚めたものの、背中の痛みというよりも空腹が原因な気がする。昨日売店で買ったグミを2つ食べたら朝まで二度寝できた。痛み止めを1日に飲んでいい量のギリまで飲んではいるけれど、2時間くらい座ってられるようになってきた。実家まで車で1時間半くらいなので良い感じ。

 9時過ぎに昨日の抜糸後傷の上から貼られたテープが剥がされることに。1番風呂ならいいけど、温泉やプールは1週間くらい我慢してねとのこと。シャワーはジャンジャン浴びていいらしい。

 昼食後かなり暇だったので4階から1階まで下りて上ってを4セットくらいしたり、公衆電話近くの椅子の座り心地が良かったので座ってボーッと過ごしたりした。15時半すぎたら売店へ。またお腹空いて目覚めたら嫌なので、夜食としてカゴメのグリーンスムージーを買った。4階までまた上って、休憩。

 晩飯、お風呂の後、明日退院なので荷造りをした。


2022年9月13日火曜日

術後7日目

 昨晩、16時の服薬の次は24時に服薬しないといけなかったけれど、23時頃にはかなり眠たくなっていたので1時間前倒しで服薬。4時頃に目覚めてしまったけれど疲れは取れている模様。

 5時40分頃に採血。9時過ぎから抜糸。どこかに移動してやるのかと思ったら自分の病室でやるとのこと。一瞬チクッとしたけれど気づいたら終わっていた。背中の突っ張る感じが糸のせいだったと判明! 糸が抜けて結構楽になった。肩甲骨の可動域が広がったのは大きい。防水テープだけ軽く貼っておしまい。

 今日も午前中にリハビリ。術前にやったテストと同じものをやって、体力の変化を見られた。結果は歩数も周回も立ち座りも特に変わらず! むしろ痛みから気を紛らわせるためにたくさん歩くようにしていたので体力がついていた。その後外へ出て坂を歩く練習をしたものの、30度越えでかなり暑くて1往復で退散。1階から病室のある4階までお喋りしながら上ったら結構息は上がったけれど身体は楽に〜。血行が良くなるとやっぱ痛みは消える。

 放射線科に呼ばれたとのことで1階にレントゲンを撮りに下りて、正面と横から撮影。1階はまだ外来の人たちで溢れかえっているので、一旦まっすぐ帰った。外来の人たちが減る16時ころ、抜糸セルフ祝いのために1階の売店へ行きハーゲンダッツのバニラを買った。セルフ抜糸祝い!

 食べ終えたと同時にさっき撮ったレントゲンの写真を持って主治医の先生が来た。先生によると7割矯正で背骨は良い感じになってるらしい。個人的にはお腹が張り過ぎて寸胴気味になってるのがレントゲンでも明らかであらまあって感じ。歩くようにはしているけれど道はまだ長い……。

 主治医の先生から明後日15日の退院で良いとお墨付きを得たので、誕生日の退院が決定! 「質問はありますか?」と聞かれたので、車の運転はして良いか聞いたところ全然OKとのこと。しかしジェットコースターは1年おあずけ。血液検査の結果は、炎症はおさまってきているらしいけれど貧血気味とのこと。

 19時〜お風呂。19時〜19時半の枠が最終枠で、後がいないからのんびり入れて良い。毎朝8時半から予約がスタートするので、誰かに取られる前に予約するようにしていた。抜糸後初のお風呂だったので、背中にお湯が当たる感覚が僅かに感じられた気がする。まだ防水テープは貼ってある上に、筋肉が移動したところは相変わらず鉄板なので、感覚があるところは正直まちまちではある。

 今日は7時、15時、23時にロキソプロフェンを服用した。何時まで寝られるか……。


2022年9月12日月曜日

 術後6日目

 昨晩は痛みがマシだったので寝る前のの坐薬はパスしてみることに。眠剤なしで入眠するべく、ライトをつけてもらって漫画「もやしもん」を読み眠くなるのを待った。ウトウトしたら読むのを中断して入眠しようとしたもののかなり浅くしか寝られず。別室のナースコールでも目覚めちゃうので結局午前一時頃に坐薬を入れてもらった。そのあと気づいたら眠っていたようで、6時間ぐっすり寝られた!

 朝ご飯は分厚い黒糖食パンとサラダ。初めて朝食完食! 向かいのおばあさんたちによると、朝食は基本パンだけど、言えばご飯に変えてもらえるらしい。昼晩はいつもご飯なので、私は朝はパンで良いかなと思い実践はしなかった。朝食後はいつもの痛み止めと、昨晩から始めたカルボシステイン。一晩で痰がかなり緩くなった感じがあるので、もっと早く処方してもらえばよかった。

 看護師さんからの提案で、今日からロキソプロフェンを八時間おきに飲んでみることに。これによってロキソプロフェンの血中濃度を一定に保てるので、朝方痛み止めが切れることを防ぐことができる。今日は8時、16時、24時の3回服用予定。

 午前中に1日ぶりのリハビリ! 今日は寝転び方、洗顔の仕方、ものの拾い方、階段の昇り降りをした。元々バレエをやってたからか股関節が柔らかめらしく、全ての動きを楽々こなせたので褒められた。

 お昼も完食して1時間ほど電話。喋っていると1時間くらいなら楽に座ってられる。ロキソプロフェン服用まで時間があるので、初めて1階の売店まで階段で行ってみた! オレンジジュースとピュレグミのメロン味を買って4階までまた階段を上る。背骨の位置と肋骨の位置が変わったことで横隔膜がベスポジに収まってない感じがあったものの、軽く息が切れるくらい動くとマシになる。大きく呼吸すると動くから?

 売店は屋根付きの外廊下の先の離れみたいなところにあるので、久々の外の空気だった。暑い。ロキソプロフェンが切れてきたのを感じつつ、案外耐えられるレベルだなと思う。進歩! でも16時になったので服薬。


2022年9月11日日曜日

術後5日目

 昨晩、食後のお薬(アセトアミノフェン×2)、消灯前のお薬(アセトアミノフェン×2、ロキソプロフェン、レバミピド)、寝る前のお薬(坐薬と眠剤(トラゾドンとロゼレム))を出してもらったものの午前2時半頃に目覚めてしまった。6時間空けないと2本目の坐薬を入れられないので4時まで待たないといけない。廊下を歩き気を紛らわせているうちに吐き気はないと確信。2本目の座薬を入れてもらったあとは7時半頃まで寝られた!

 朝起き抜けすぐにご飯は入らなさそうだったので一旦歩いて体を目覚めさせる。朝食は目玉焼きとパンだったのでのっけて食べた。痛み止めを飲んだあとは効き目が出るまで気を紛らわせるために歩いて、ついでに15時からのシャワーも予約。薬が効いてきたら側弯ノートタイム。向かいのおばあちゃんの摘便タイムが始まったので、臭いが苦手な私はノートを持って休憩室へ。テレビをつけるとエリザベス女王死去のニュース。

 日曜日はリハビリがお休みなので、ご飯くらいしか予定がない! ということでスケジュールを自分で立てた。やることがあった方が気が楽な気がする。


7:00 ご飯

8:00 お薬、歯磨き

9:00 漫画読む

10:00 側弯ノート、テレビ

11:00 運動(結局お喋りに)

12:00 昼食、お薬、歯磨き

13:00 運動

14:00 お絵描き

15:00 シャワー

16:00 電話

17:00 運動

18:00 晩御飯、お薬、歯磨き

19:00 運動

20:00 側弯ノート

21:00 電話、お薬

22:00 坐薬

23:00 就寝


+トイレ、歯磨き、水汲みに行くたびに病棟を2往復くらい歩く


 順調にいけば7日目(あさって)抜糸、9日目退院なので、今日5日目は水曜日みたいな気分(正しくは今日が日曜日なんだけど)。抜糸が金曜日で、退院が日曜日みたいに感じてそう思ったわけ。水曜日っていつだってよるべない感じがあるから、何か色々やってたら終わってたみたいな感じで過ごしたいところ。

 違う話になるけど、アニメとかで病弱なお母さんがやってる横に1つ結びが入院中は便利だと気づいた。キツくしばると頭皮にダメージくるし、後ろ結びだと寝にくいし。私はおでこにニキビができやすいので前髪はピンで留めて過ごしていたが、入院食がヘルシーなのもあって肌荒れすることはなかった。

 ノートを書いていたら見知らぬおじいさんが休憩室に。これから「所さんの目がテン!」があるそう。おじいさんの名は伊藤さん。自称伊藤博文の孫とのこと。OPLLで首の手術をしたらしく、首が回らなくなったんだとか。なんだかんだ昼食の時間までお喋りしてかなり気と身体が楽に! (伊藤さんが伊藤博文の孫というのが本当の場合、伊藤博文が58歳頃に生まれた子供が57歳頃に伊藤さんを産んだことになる。ギリギリ実現可能…?)

 予約の時間が近づいたのでシャワー室へ移動。明日は介助入浴の日だから自分でシャワー浴びれる人が予約できる枠が少ないとのことで、「今日ゆっくりして!」と言われた。明日も空きがあれば入りたいところ。シャワー室では床に持参したシャンプーなどを置かねばならず、いちいち術後のかがみ方(腰を一切曲げない)で取るのは面倒くさいので、介助用の椅子を近くに持ってきてその上にシャンプー類を置いて使っていた。かがむことができないので低い位置にあるシャワーの操作レバーを手を伸ばして動かすことも難しく、足で操作することも多かった。

 痰が相変わらず毎日コップ3杯くらい出るので看護師さんに伝えたところ、痰のキレを良くする薬(多分ムコダイン)を処方してもらえるか確認してくれることになった。夕食後、カルボシステインというムコダインの後発薬を持ってきてくれたので服薬開始。

 今日は坐薬だけで寝られるように眠剤は無し。果たして……。


2022年9月10日土曜日

術後4日目

 今日のリハビリは今までと違う先生で、昨日よりも長く歩く練習をした。その時に私の声がヒューヒューしているのにリハの先生が気づいて、気管に痰が絡んでいるのかもと教えてくれた。息をしにくかったのがマシになったのもあって痰のことをあまり気にしなくなっていたので目から鱗。声良くならないなと漠然と思っていたので原因がわかってよかった。リハの先生から、鼻から吸って口から吐くのを繰り返すと痰が口に上がってくることや、息を大きく吸ってハッと一気に吐く、みぞおちの辺りに手を当ててケホケホするなどさまざまな去痰方法を教えてもらった。自分でも調べてみたところ、お水を飲むと痰が緩くなって出てきやすくなるとかもあったので、定期的にお水を飲んで、痰が出てきたら出すということを地道にやってみている。少〜しだけ効果を感じたので、退院までには元の声に戻れてるやろか〜(結局これは叶わないのだった)。

 昼食もほぼ完食。お腹の膨満感がひどいので芋が出てくると躊躇してしまう……。「側弯ノート」にみんなお腹が張ると書いてたからよくあることみたい。にしてもかなりの張り具合で、お腹の張りすぎでおへそが横一文字になっていて衝撃だった。歩くと良いとか聞いたけれど本当に戻るのか不安になるレベル。

 午後は久しぶりのシャワー! 体を捻らないなどの注意点を聞き、背中に防水テープを貼ってもらっていざ。髪を洗うのは4日ぶりだったので2回洗っておいた。防水テープを剥がしてもらう時に傷を見てもらうと背中のテープが一部取れかけてるとのことで、後ほど外科の先生が来てくれることに。

 シャワー後こわばっていた身体に血が巡りほぐれたような感覚があり、現時点までで最も痛みがなかったのであった。このことから私は身体が温まることで痛みがマシになるのではと仮説を立てた。そこで、どれくらい病棟を歩くとシャワー後くらいのポカポカ度(かつ痛みもマシ)になるのか調査を開始した。何度か歩き、病棟を1周するのに大体2分半かかること、そして4周(10分)歩くと身体がポカポカしてくることがわかった。ちなみに、歩きながら軽く手を握って、指の先まで血流がきてポカポカしているかが指標だ。この時点では血流が痛みを忘れるポイントなのかと思っていたけれど、電話中や看護師さんとの会話中も痛みは和らいでいることに気づいた。私が入院した9月は同年代の子がかなり少ない時期だったので病棟におしゃべり相手はおらず、話し相手が全くいないので彼氏と毎晩30分以上電話していた。何も無しで椅子に座っているのはかなり辛いのに、電話中は大して辛くなかった。


 調べてみると、それは気のせいではないようだった。


 痛みが生じると、交感神経が優位になって、呼吸数・心拍数の増加、発汗作用、血圧上昇、筋肉の緊張などの緊急反応が起こります。すると、血流が悪くなり、血液を通して届けられるはずの酸素や栄養が行き渡らなくなるため、組織が酸欠状態に陥ります。その結果、痛みを生み出す発痛物質が放出され、痛みが増強されてしまうのです。その痛みによって、再び交感神経の興奮が起こり、同じ現象を繰り返すことに。こうした負のスパイラルを「痛みの悪循環」といいます。「痛みwith」より)


ということから、

・痛みから意識が逸れる

・血流が良くなる(運動)or 呼吸が浅くならない(会話)

ことがこの「痛みの悪循環」から抜ける手っ取り早い方法なのだろうと新たに仮説を立てた。(ヒーヒーフーという出産時の呼吸法も試してみたけれど私には効果ナシ……)さまざまに気を紛らわせられる日中よりも痛みに気を取られる就寝時が辛くなるのも当然というわけだ。一昨日、昨日と一睡もできていないので、今日は23時頃に坐薬を入れてもらい、24時頃から6時間睡眠したい。

 主治医の先生が来た時に坐薬がよく効いた話をしたら、体が大きめだからか成分倍量のものを出してくれることになった。坐薬と鎮痛の点滴と錠剤は同じロキソプロフェンという成分が入っているらしく、1日に投与できる量が決まっている。錠剤は胃が荒れやすいので、レバミピドという胃薬とセットで飲む。できれば食後の胃に食べ物が残っている頃が望ましいとのことで毎食後に飲んでいた。1日4回飲んでいるアセトアミノフェンは「カロナール」で有名な解熱鎮痛剤とのこと。


2022年9月9日金曜日

 術後3日目

 前日一睡もできなかったので、疲れで少しウトウトしていたら朝食。パンは8枚切りサイズが2枚入っていたので1枚とサラダを食べた。栄養の点滴の基準が「ご飯を半分食べられているか否か」らしいので、半分は確実に食べるように気をつけてた。

 お腹いっぱいでウトウトしていたらリハの先生が。この日は歩行器有りと無しでの歩き練習をすることに。初めは左足がフワフワしている感じがあったものの徐々にマシに。歩けているので尿管も抜いてもらえることに! 管を抜いても特に痛みも血尿もなく、ほんまに刺さってたんかなと疑うほどだった。リハビリ時に先生から「トイレ行くたびに廊下何往復かしよか」と提案されたので真面目に2〜3往復をトイレ行くたびに遂行。どんどん元の歩幅に近い歩幅で歩けるようになっている実感があって嬉しかった。

 何故かはわからないけれど、熱っぽくてぼーっとするけど背中痛くて寝てるのも辛い時は、何往復か歩いてみると熱が下がって楽になった。前〜にウイルス性の肝炎になった時はアクティブになると熱が上がったのでおとなしくしていたものの、側弯の場合はどんどん動いた方が良さそう。

 点滴に戻りたくなさすぎて、気合いで昼も夜も半分以上食べた。

 今日こそ寝られるかと思いきや案外寝られず……。ハロプロのMVやライブ映像を観て朝が来るのを待った。口パクで一緒に歌ったり、手だけでフリコピしていたら痛みから気を紛らわせすことができた。昨日坐薬が効いたけれどやっぱり少し抵抗感があって、消灯後は1本だけ鎮痛剤の点滴を入れてもらうことにした。点滴が体内に全部入った後、針が限界を迎えているとのことで抜いてもらった。これで全ての管が抜けた!


2022年9月8日木曜日

 術後2日目

 朝、昨日の昼と夜に少し食べたものを全部戻してしまった……。吐いたあと口をゆすぐこともできず地味に辛い。この時の私にはお水を持ってきてほしいと言う気力もなかった。この辺りで、自分がうまく声を出せず、聞き取れるような声を出すのに結構なエネルギーを使うことに気づきはじめた。ミッキーマウスみたいな、すっとんきょうな声しか出なくなっていたにも関わらず、そのことをツッコむ人は1人もおらず、明らかに声が出ていないのに思ったよりコミュニケーションも成立していたので気に病むほどではなかった。

 看護師さんによると身体に2つ刺さってる麻薬の痛み止めの点滴が吐き気をもよおしやすいらしく、黒い布袋に入ってる方はもう止めても良いよと言われた。その後様子を見にきた麻酔科の先生に、痛みか吐き気のどっちを取るかだけど麻薬の点滴を取って痛みが増しても良いのか確認された。麻酔科の先生は痛みをとった方が良いという考えのようで私は少し押され気味だったが、吐き気の方が辛かろうというスタンスの看護師さんの勧めで夜にはとってもらうことになった。正直背中は鉄板みたいになっていて感覚がやや麻痺していたので、この麻薬の点滴を取ったことによる痛みの変化はよくわからなかった。

 看護師さんから「リハビリを受けると容態が好転する人が多い」と聞いていたので、私はリハの時間を心待ちにしていた。早く良くなりたくてリハの先生に午前中に来てもらったものの、フワフワ、フラフラで車椅子への移動と立ち上がりしかできず。10分くらいで希望のリハビリタイムは終わってしまった。絶望の淵の中ベッドにカムバック。今日はベッドを60度まで上げて良いということで、昼食時に副看護師長さんが(半ば強引に)上げてくれた。60度どころじゃなくほぼ90度な気がしたけれど、このことがきっかけでまさかの元気が戻り始めたのだった。上体を起こした状態でご飯を食べられたことで、お腹の膨満感もややマシに。

 それまでスマホを注視するのも辛かったのに、上体を起こすとLINE POP2やSNSも少しずつできるようになっていった。そんな様子を見て、副看護師長さんが「側弯ノート」を持ってきてくれた。側弯の手術件数が多い病院ということで始まった、手術体験記が代々書かれているノートである。日毎にどういうことがあったか結構詳しく書いてくれている人が多くて、みんなが術後2日目や3日目をどう過ごしていたのか何度も読み返した。ノートを読み込んでいく中で、私は大半の人が術後2日目で歩いているぽいと気づいてしまった。みんな歩けてるなら私も歩けるはずなんだが!

 午前中のリハではギブしてしまったけれど今の状態なら歩けそうという自信もあって、定期的に血圧とか測りに来る看護師さん全員に「歩きたいです」と訴えた。が、「初歩きはリハの先生がおった方がな〜」と翌日にまわされそうな事態に。しかし、夜に様子を見に来てくれた副看護師長さんが若手の看護師さんに「連れてったり〜」と言ってくださった。

 尿管や色々点滴が着いた状態ではあったものの、ジュースを買いに休憩室まで歩けることになった。月から帰ってきたのかというくらい重力が重くのしかかる感じがあったけれど、執念でふらつくことなく歩ききった。休憩室の自販機前まで行き、スッキリ甘いものが飲みたくてウェルチの果汁50%のやつを買った。歩きも割と安定していたので、同伴してくれた看護師さんに「明日から歩行器なくても歩けそう」と言っていただけたのが素直に嬉しかった。

 ところがどっこい夜は一番キツかったのだった。どの姿勢でも背中が痛くて、飲み薬も点滴も最大量使ってしまったため眠剤を貰ってみたものの効果は無し。更に吐き気が襲ってきて、痛いやら吐きそうやらで、足をバタバタさせたり暴れていた。あまりの辛さにヤギ合宿中の荒川さんに電話したらしげさんが出て、やや正気を取り戻した。坐薬の鎮痛剤を入れてもらったところ少しマシになったけれど、吐き気との戦いは続き一睡もできず。吐いたのは初歩きで買いに行ったジュースだけだったので、ご飯吐いて点滴に逆戻りにならなくて一安心。でもせっかく買ったジュースだったのでちょっと残念でもあった。

 吐き気をもよおす麻薬の痛み止めは背中にも刺さっているらしく、見てもらうと刺さっている管のところから出血していたので翌朝抜いてもらうことに。これで吐き気ともきっと決別できる。


2022年9月7日水曜日

 術後1日目

 今日は体を30度までしかかたむけてはいけないらしく、朝ごはんはギブ。(事前におかゆは苦手で一という話を主治医の先生にしたら、老人じゃないからお粥は出ないと断言されたものの、このツラさやと逆におかゆくらいしか入らんで……!という気持ちになった)。ちなみに朝ごはんは丸いパン2つとサラダだった。横になった状態でどうやって食べんねん。首だけ少し持ち上げ、水差しで水を少し飲んで朝ご飯終了。看護師さんたちが気を利かせてスマホを充電しといてくれたけど見る気力なんてゼロ。

 朝ごはんタイムが終わったのでCT撮りに1階へベッドごと移動。移動式ベッドをCT横につけ、体の下にマットみたいなのを入れ、滑らせてCTの寝転ぶところまで移動させてくれた。バンザイの姿勢で撮影。地味にキツイ。CT後、ベッドごと移動されて久々に自分の病室に戻ってきた。

 人差し指に挟んだ酸素飽和度見るメーターによると酸素が足りないらしく、鼻に酸素が出てくる管を入れられた。しかし喉に痰がめちゃくちゃからんで呼吸がうまくできない……。呼吸するたびに吐ききれない空気でお腹が膨れている気がする。昼も夜も少ししか食べられなかったので引き続き点滴生活、尿管の違和感は全く無し。

 消灯後、隣のおばあさんのいびきがうるさすぎて、夜勤の看護師さんにカバンから耳栓を探し出してもらったけれど耳栓をもぶち破ってくる音量にお手上げ。ベッドの上で朦朧としながら過ごしていたら夜が明けた。

 この朦朧と過ごしている間、シャッターを切るたびに風景が切り替わるカメラのおもちゃみたいに、目を閉じるたびに変な情景が見えるスーパーカオスタイムがあってちょっと楽しかった。麻薬を使った痛み止めの点滴が2本刺さってるから、これがキマるということか……? と思った。大麻には幻覚や妄想を引き起こす効果があると厚労省が公表しているPDFに書いてあったがいかに。唯一「これは覚えとこ」と思った情景だけ後日スケッチしたのが残ってるけど、あとは全部忘れてしまった。その覚えている情景とは、インドの壁画みたいな平面的な空間にお盆を持つ時の形をした手が大量に浮遊しているというものだった。

2022年9月6日火曜日

 手術当日

 7時から絶飲なので、6時58分くらいに水をガブガブ飲んだ。手術後の一晩を過ごす集中治療室(ICU)に持って行く荷物をまとめておくように言われ、ICUへのしおりみたいなのを見ながら準備を進めた。歯ブラシやストロー付きのコップ、スマホの充電器やタオル数枚、お借りした前びらきの術衣やおむつを袋に入れた。遠足前日みたいでちょっとおもろい。

 先ほどまとめたICU宿泊セットを持って8時50分くらいに手術室へ移動。移動時は自分のパジャマを着て行った。手術室とICUのある3階は降り立った瞬間から全てが青緑色だった。壁も床も扉も青緑色なので、補色の関係で視界に赤味が増す。青緑色に囲まれてはじめて「これから私の身体に手が加えられる」ということに自覚的になった。

 「寝ている間に全部終わる」と聞いていたけれど本当にその通りで、白くてふわっふわのベッドに寝転んで呼吸器(麻酔)をつけたが最後、ぼんやり「手ぐーぱーして」「お名前は?」など聞こえてきた時には手術は終わっていた。気づいたら術衣を着ていて、尿管もついていて不思議な気分……。てか着てきたパジャマどこいった?

 両ふくらはぎには血栓を防止するためのバルーンみたいなのもついてて、片方ずつふくらんではしぼんでいく。この時点ではこれくらいしかヒマつぶしになるような外からの刺激が無かった。床ずれ防止のために、夜の間中2時間おきに看護師さんが右と左に交互にクッションを入れて体をかたむけてくれた。効果があるのか正直よくわからなかったけど委ねるしかなかった。


2022年9月5日月曜日

 手術前日

 診察券を機械に通し、出てきた予約票には晩ごはんのことが書いてなかったので夜から絶食なのかと落胆していたけれど杞憂だった!

 まずはPCR検査。ここでダメだったら貯血も振り出しに……。鼻に突っ込まれるタイプの検査が初めてだったので緊張。棒を結構鼻の奥に突っ込まれたなと思ったら、そこからさらに「せーの」で喉奥くらいまでドンっと突かれてめちゃくちゃむせた。無事陰性だったみたいで、先生方との面談タイムに進めることに。主治医の先生と麻酔科の先生それぞれから手術についての具体的な話を聞く。

 主治医によると私は元来骨盤が前傾した反り腰気味で、黒人に多い骨格らしい。知らなかった。姿勢がどうとかではなく生まれつきのものとのこと。腰が反るのに腰の動きのリソースがあらかじめ割かれているらしく、腰の下の方まで留めてしまわない方が良さそうということで、手術では胸椎の矯正を優先することに。

 1回私1人が病室に案内され、麻酔科からの呼び出しまで1人で待機。呼び出されたらエレベーターで移動し両親とプチ再会。麻酔の先生から、麻酔時に無意識に歯軋りして歯が欠けたり舌が傷つく場合があるなど色々な注意事項を聞いてサインを書いた。お話が全部終わったので次こそ本当のお別れ!

 1人でまったりしてるとリハビリの先生に呼ばれ、事前の体力を記録するための簡単なテストをいくつかやった。10㍍を何歩で歩くか、6分間にリハビリ室を何周歩けるか、座って立ってを何回繰り返せるかの3種だったはず。術後に気を付ける動きについて写真付きの解説プリントをもらって簡単にレクチャーしてもらったりもした。

 背中の手術だからシャワー時に丁寧に洗うように言われたけど、術後数日お風呂は入れないだろうから全身ピカピカにしておいた。昼はカレーライス、夜はぶりの照り焼きを食べた。9時~絶食、翌朝は7時~絶飲なんだとか。

 夜は22時に消灯されたけど全然眠くなかったので「もやしもん」を4巻から最終巻である13巻まで読破。そういえば術後できなくなる姿勢がいくつもあるのでひとつひとつそれらの姿勢をとってみた。具体的には背中を丸めたり反ったり左右に曲げるような姿勢。せっかくなので術後できなさそうだしうつ伏せで肘を立てて少し背中を外らせた姿勢で漫画を読んでみたりもした。せっかくだからやっといたけど、やりながら、できなくなってもまあそこまで悲しくないかもと思った。ある日海老アレルギーになって海老フライが食べられなくなる方がきっと悲しい。明日への不安とかは特にないまま、すやすや就寝。