2026年10月13日火曜日

神保町と手相に沿って溜まった血


久々に文房堂に行った。文房堂の入口には「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」と書いてある。宮沢賢治の『注文の多い料理店』で、山猫の店の扉に書かれている言葉だ。物語では、この言葉に誘われて入った紳士たちが食べられそうになる。ここが東京でも随一の版画用品店だと知らなければ、入りたくないまである。なぜ画材屋の店先にこの一節があるのか、前から気になって
はいたものの、調べるほどでもないとそのままにしていた。今回調べてみると、2021年の文学フェアのときにやった飾り付けを、少し形を変えて今も残しているということらしい。

文房堂の向かいに三省堂書店が新しくできていたので入ってみた。他の売り場にはそれぞれのジャンルらしい客層が集まっていたけれど、アウトレットコーナーだけは老若男女が揃っていてちょっと面白かった。100分de名著のフェアをやっていて、のぞいてみると、2026年8月号が『シュルレアリスム宣言』だったと知った。放送を見ておけばよかったと一瞬思った。でも、百年寝ようよ(学部の同級生と作っている文芸誌)の次号のテーマをシュルレアリスムにしようと話がまとまったのは9月のことだ。どう足掻いても時すでに遅しだったので、後悔しないことにした。過去のある時点の自分には成し得るはずがなかったことは後悔に値しない。今出会えたことに感謝して、テキストを買って帰った。

帰りの電車で、さっき買った本を読んでいた。すると、隣に座っていたヘッドホンをつけた若い男の子が急にうずくまった。なんだろうとチラッと見ると、鼻血が止まらなくなったようだった。慣れているのか、片手で手際よく血を受け止めながら、もう片方の手でポケットティッシュを開けて対処していた。血を受け止めていた手のひらには、手相に沿って血が溜まっていた。男の子は一通りの処理を終えると、次の駅でサッと降りて行った。

妹も、よく鼻血が止まらなくなる子供だった。妹からは、鼻血が出たらすぐに冷やして血の巡りを抑えること、ティッシュで鼻の穴を上から下に拭くと血が止まるけれど、下から上へ拭き上げるといつまでも止まらないことを教えてもらったことがある。小学校、中学校、高校と年を重ねるごとに鼻血の話題は減っていったので、もう出なくなったのかと思っていた。けれど高校の時に聞いてみたら、頻度は減ったものの全く出なくなったわけではなく、ササっと処理するのが上達しているだけのようでびっくりしたのだった。

妹の鼻血関連で一番ショッキングだったのは、やはり幼少期の両鼻血事件だ。寝ている間に両方の鼻の穴から鼻血が出続けて、妹の髪の毛が血まみれになり、たてがみのような形で固まってしまったのだ。寝相の悪い私が妹の頭を蹴ったのではないかと親から疑われた記憶がある。その時は無罪だった。ところが後日、前歯がぐらぐらしていた妹の頭を本当に蹴ってしまい、抜けた乳歯がベッドの隙間に落ちてしまったことがある。なぜか我が家では、上の歯は床下に、下の歯は屋根に向かって投げるというおまじないをきちんとやっていた。そのために、母はどこかに飛んで行った歯を頑張って探していた。どこかに飛んで行ったならそれでいいやんと思ったけれど、自分の歯ではないので、そういうわけにもいかなかった。

2026年10月11日日曜日

2016年5月9日 テレビ売り場と窓


教室から外を見る。窓の外は木々の緑が少し眩しいのを雨が薄いカーテンみたいに遮ってた。今日はいきなり肌寒くて、昨日までの暑さといい、春が夏と冬に押しつぶされてしまったような、そんな今年です。降る雨は見えるのに、寒くて閉めてしまったばかりの窓の外から音は聞こえなくて、窓枠が画面の縁のようにも見えて、いつか家電屋さんで見た沢山テレビが並んで同じ映像が流れている風景を思い出した。五感が一致しないと違和感を覚える事、いつか役に立ちそうなそうでもないような小さな発見。

2016年5月9日の日記より


ちなみに、2016年5月9日は月曜日だったらしい。

今では逆に、家電屋でたくさんのテレビが並んで同じ映像が流れているのを見ると、この時の、窓枠いっぱいに広がる雨に濡れた木々を思い出す。教室のカーテンは淡いオレンジ色で、深緑の黒板は前にも後ろにも付いていた。木目調の床に木の天板の机、椅子は座面と背もたれが淡い緑色だった。

暑い夏の日には椅子の金属パイプに腕や足をくっつけて熱を逃がしていたことも久々に思い出した。高校を出てから、あんなに耐え忍ぶしかない暑さは一度も経験していないかもしれない。


2026年10月10日土曜日

紫の詩集と三分の二度目の正直(失敗)

 

小学5年生の頃から持っている、ユニクロの紫色の七分丈のTシャツを着て、最近買った淡い紫色のボストンバッグに荷物を詰め替えて出かけた。3週間前に付け替えてもらったジェルネイルはピオーネ風で、全体的に紫色の雰囲気になった。

野良洞と一緒に、恵比寿にあるシュルレアリスムにまつわる作品を扱う書店併設のギャラリーに行った。野良洞はエンジ色と黒の細かいボーダーのトップスを着ていて、遠目からは濃い紫色に見えた。私は、辻征夫の『天使・蝶・白い雲などいくつかの瞑想』という詩集を買った。売られている本の大半はビニールがけされていて、立ち読みができない。辻征夫のことは何も知らなかった。最近蝶に関心があるからタイトル買いのつもりでその詩集を手に取ったのだけれど、カバンにしまう時に、淡い紫色に濃い紫色でタイトルが書かれた本だと気づいて、色買いだったのかもしれないと思った。

ドトールに入り、長谷川あかりがカルツォーネを褒めていたなと思って頼んでみたらおいしかった。それだけでは足りないのでケーキセットも頼んだ。前回ドトールでモンブランにロイヤルミルクティーを合わせたら甘ったるくて後悔したので、今回はアイスコーヒーを合わせてみた。けれど、苦味が目の裏でゴングを鳴らすタイプのもので、少し眩暈がした。暑くてもホットのアメリカーノが良いのかもしれない。次こそ良い組み合わせにできれば三度目の正直だし、うまくいかなかったら二度あることは三度ある。どっちに転んでもぴったりの諺があるのは心強い。

2026年10月9日金曜日

職務質問とキノコのための4曲

無性に眠くて、沢山お昼寝をした。夕方、家を出てみたら、家の前で白いTシャツの男が職務質問を受けていた。警察官は男女の二人組で、男性の警察官が白いTシャツの男の体全体をベタベタと触り、ポケットなどに危ないものが入っていないか確認していた。近くに車やバイクがあるわけでもなかったから、一時不停止で捕まったアンラッキーな男というわけでもなく、ただの怪しい歩行者のようだった。私の家の斜め前には土が少し盛られた丘があり、主に配達業者たちの立ちションスポットになっている。ちょうど立ちションしているところを巡回中の警察と鉢合わせて、職質されたのかなと思った。

油彩転写の仕込みをして、しめじを大量に入れたナポリタンを作って食べた。昼寝のしすぎで夜寝られなかったら困るなと思い、YouTubeでOtto Bensonのライブ映像でも見ようと検索したら、Otto Bensonがキノコ農場でキノコのために4曲を演奏した記録映像を見つけた。「やまぶしファーム」という名前だったので日本のキノコ農場なのかと思いきや、日系アメリカ人三人によるロサンゼルスの農場だった。キノコを飲食店に卸しているほか、売れ残ったキノコを乾燥させてサプリメントなども作っているらしい。

YouTubeの説明欄には、以下のような文言があった。

Mushrooms respond to their environment — humidity, airflow, light, vibration. While there’s still much we don’t know about how fungi perceive the world, growers have long noticed that subtle environmental changes can influence growth. This series explores the intersection of music, cultivation, and atmosphere.

キノコは湿度、空気の流れ、光、振動といった周囲の環境に反応する。菌類が世界をどのように知覚しているのかについてはまだわからないことも多いが、栽培者たちは昔から、わずかな環境の変化が成長に影響しうることに気づいてきた。このシリーズは、音楽と栽培、そしてその場の空気が交わるところを探っていく。(筆者訳)

樽に入ったお酒にクラシックを聴かせるというのは聞いたことがあるけれど、キノコに音楽を聴かせるこの試みは胎教的な感じがするなと思った。のびのび育ちそう。映像では、演者の三方をキノコが観客のように取り巻いていて、私も棚で育てられるキノコの気持ちになれた。他のmushroom musicもチルな雰囲気で、聴きながら、「チル」という言葉を初めて聞いたのは中学3年生の時だったなと思い出していた。

ある日の授業終わり、クラスメイトの一人が「チルしに行こー」と友達に声をかけているのを見たのだった。その人は中学で唯一私のことを苗字で呼び捨てにする人で、年度始めに一人ずつ教卓の前に立って自己紹介をした際、私の自己紹介の最中に「声ヤバ」と言ってきた人物でもある。その人に似た人は日本に沢山いて、新宿などの大きな駅に行くと見かけてびっくりすることがある。同い年なんだから今も学ランを着ているわけがないのに。

2026年10月8日木曜日

ナボコフの共感覚と不安なタクシー

 

荒川さんに、昨日の日記で触れた指点字の共感覚の話をしたら、『ナボコフ自伝』の中でナボコフが、アルファベットに色を感じる自身の共感覚について説明している部分を朗読してくれた。「つややかな黒檀」「象牙の背のついた手鏡」「泥色の靴紐」といったように、単なる色ではなく物質感を伴っているのが印象的だった。「r」と「ち」のことを思い出してみる。どちらもショッキングピンクのイメージだけれど、太いサテンのリボンや、向こうが透けて見えるセロファン、蛍光マーカーの線など、ショッキングピンク色のどんな物にも結びつきはしないなと思った。

夕方、流しのタクシーを拾ってみたら、運転手がかなり歳を重ねたおじいさんだった。丸まった背中は小さく、本来のガタイはわからない。目がとても悪く文字を識別するのが難しいようで、伝えた住所を音声入力していた。操作に戸惑っている様子だったので覗いてみると、早速「目黒区」を「練馬区」とミスられていて、教えてあげた。カーナビの画面の上にあるエアコンの吹き出し口には、羽根状の板に紐をかけて虫眼鏡が括り付けられていた。運転手はその虫眼鏡をカーナビの画面に近づけたり遠ざけたりして、音声入力した住所が合っているかじっくり確認していた。出発してからも、信号に引っかかるたびにその虫眼鏡でカーナビを拡大し、ルートを確認していた。そんな様子だったので終始不安は拭えなかったが、東京のタクシーにしては安全運転だった。