2026年10月16日金曜日

ユーザー車検と日本一の歩道橋

車ユーザー歴6年目にして初めてのユーザー車検。ナンバー灯が片方切れていて、やり直しになった。2時間以内に直して戻ってくれば追加料金はかからないというので、急いで近くのイエローハットで直してもらった。整備士のお兄さんによると、ライトは叩けば一時的につくことが多く、そうやってその場を乗り切る人もよくいるらしい。店内には「クリアな瞳で美しさ際立つヘッドライトの目力UP」という、カラコンの広告のようなポスターが貼られていた。ヘッドライトが目に見えることは誰もが知っている、という前提なのがちょっと面白かった。

その後、日本で一番大きな歩道橋という中の島大橋へ行った。いわゆる歩道橋は横断歩道のない大きな道路を渡るためのものだが、ここは東京湾に浮かぶ小島へ渡るための橋だった。歩道橋なので、渡れるのは歩行者と自転車だけだ。島には広い草原が広がり、ベンチが点々と置かれていた。シーズンには潮干狩りもできるらしい。島の奥には小さな舟がたくさん泊まっていた。おそらく帆を張るための金属の棒が、舟が波に揺られるたびにぶつかり合って、鉄琴のような音を立てていた。橋の上では、カップル一組と中学生三人組と釣り人とすれ違った。

帰り道、ガラス工場から大きな蝋燭のような炎が上がっているのが見えた。炎はボッボッボッとリズミカルに、大きくなっては小さくなっていた。夜通しガラスは溶かされて、形を変えていくのだろう。




2026年10月15日木曜日

赤ちゃんと中指

11時頃の外は露天風呂みたいな気温だった。

電車に乗ったら、隣に座った女性に抱かれた赤ちゃんに顔をガン見されながら、おくるみ越しに右肘をふみふみされた。電車はじきに地下に入った。日光が遮られたからか気圧の変化からか、赤ちゃんも私もなんだか眠くなり、右肘を踏まれたまま一緒に寝た。

お昼からの仕事は昼食のタイミングが難しい。オリジン弁当で軽食だけ買っていこうと入ったら、一番好きなひじきおにぎりが復活していた。ここ数ヶ月入荷していなかったので、無くなってしまったのかと思っていた。嬉しかった。目覚ましかつ糖分補給用にファミマでカフェラテを買って、職場へ向かった。

今日の通訳では、右手中指と左手中指を取り違えたまま、しばらく指点字を打っていた。自分でもなんでそうなったのか分からない。通訳中はほぼ脊髄反射し続けているみたいなもので、半分意識が飛んでいる感じすらする。指摘を受けて、脈絡もなく『ちはやふる』を思い出した。利き手を怪我した千早が左手で札を取るために、札の並びを左右逆にしていた場面だ。目で見た配置ではなく、腕を伸ばす長さと角度で札の位置を把握しているということみたいだった。

今日知った言葉は「抵当」「山師」「斗い」で、物騒なボキャブラリーが増えた。

2026年10月14日水曜日

白檀とケチャップ

朝電車に乗ったら、白檀の匂いがする公家みたいな顔をした男が、吊り革を両手で持っていた。電車は混んでいたけれど、高三の冬と比べたらどんな満員電車もマシだと思える。その冬、私は2週間だけ荻窪から御茶ノ水の美術予備校へ通っていた。画板とスーツケースを持ったまま満員の中央線に乗り、サラリーマンたちと手押し相撲みたいなしょうもないバトルを繰り広げていた。力をかけては、あえて抜いて相手を転ばせるのだ。

京都にいたときは、電車でリュックを身体の前に抱えたことなんてなかった。そんなことをしたら背中がガラ空きで、なんだか気持ち悪かった。でも、そんなことも言っていられない満員電車を東京で経験してからは、リュックを背負ったまま電車に乗ることはなくなった。

コンビニに行ったら、レジにスマホを持った男性が並んでいた。チラッと見えてしまった画面には、大きく「こんにちは ケチャップはありますか」と書いてあった。中国語から翻訳したもののようだった。私はそのコンビニで、郵送してもらった100分de名著のリチャード・ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』を受け取って家に帰った。

以前、リチャード・ローティについて調べていたら、荒川さんがパソコンをのぞいてきたことがある。荒川さんもローティのことはほぼ知らなかったはずなのに、ローティの幼少期のエピソードにいたく共感していた。そして「自分の好きな哲学者のことに、おくちーが興味を持っていて嬉しい」と言ってきた。謎の事態だった。久々にその話をしてみたが、荒川さんはリチャード・ローティの存在ごとすっかり忘れていた。

2026年10月13日火曜日

本物のマッシュルームと早起きへの憧れ

キノコをたくさん入れたハッシュドビーフを作った。舞茸の束を手で割きながらふとカサの裏を見てみると、スポンジのように小さな穴がたくさん空いていた。

舞茸を観察しながら、この前荒川さんに教えてもらった話を思い出していた。ウラジミール・ナボコフは自伝の中で、ひだのあるキノコを好む西洋の人々を見下し、イグチ類(カサの裏がスポンジ状)のキノコこそが本物のマッシュルームだと謎の自尊心を披露しているらしい。その時は、しめじやしいたけ、エリンギあたりを思い浮かべて「裏にヒダがないキノコって身近にないな」と思っていた。荒川さんに画像で見せてもらったロシアの山で採れるイグチ類のキノコは、カサの裏に針で開けたような小さな穴が密集していて結構気持ち悪かった。蓮の花托(種が入っているブツブツした部分)がダメな人は、まじまじ見るのが厳しいと思う。同様に、マイタケをまじまじ見るのも気をつけた方が良い。

夕方、夏休み明け1回目のゼミに顔を出した。どの部分も必要なピースだと思える文章を書くには、深夜テンションで書かないようにしないとね、という話になった。あるアーティストは朝4時から6時の間を、今はまだない作品のことを考える時間にしているそうで、みんなで早起きへの漠然とした憧れを抱いた。

ゼミの後の雑談タイムが盛り上がり、大学を出たのは23時頃だった。晩御飯抜きでしゃべり倒していたのでお腹が空いて、車でココスに行った。私はびっくりドンキーが大好きなので、地味に初ココスだった。7年くらい前に荒川さんに行ってみたいと言ったら、「行くほどでもないよ」と一蹴されたことがある。その時、ただ行ったことが無いだけで、めちゃくちゃ行ってみたかったわけでもなかった。そのため特に反骨精神も湧かず、そのまま行かずじまいだったのだ。

初めてのココスはおいしかった。初めてなので、一番ノーマルな包み焼きハンバーグを頼んだ。メニュー表に書かれている通り、アルミの包みをナイフの背で切って開けた。熱々のソースはまだぐつぐつしている。付け合わせにジャガイモが乗っていて、余ったソースを絡めて食べるのだという。ビーフシチューのようなソースを無駄にしない工夫だ。お腹が空きすぎていて、吸い込むように食べた。寝る直前に食べない方が良いというけれど、空腹のまま寝ようとすると虚しくなるので、そういう言説は無視した。ココスでは変な先輩の話をたくさんして、1時くらいに解散した。明日から4時起きしたい! という気持ちは、「明後日からで良いや」になっていた。

2026年10月12日月曜日

神保町と手相に沿って溜まった血


久々に文房堂に行った。文房堂の入口には「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」と書いてある。宮沢賢治の『注文の多い料理店』で、山猫の店の扉に書かれている言葉だ。物語では、この言葉に誘われて入った紳士たちが食べられそうになる。ここが東京でも随一の版画用品店だと知らなければ、入りたくないまである。なぜ画材屋の店先にこの一節があるのか、前から気になって
はいたものの、調べるほどでもないとそのままにしていた。今回調べてみると、2021年の文学フェアのときにやった飾り付けを、少し形を変えて今も残しているということらしい。

文房堂の向かいに三省堂書店が新しくできていたので入ってみた。他の売り場にはそれぞれのジャンルらしい客層が集まっていたけれど、アウトレットコーナーだけは老若男女が揃っていてちょっと面白かった。100分de名著のフェアをやっていて、のぞいてみると、2026年8月号が『シュルレアリスム宣言』だったと知った。放送を見ておけばよかったと一瞬思った。でも、百年寝ようよ(学部の同級生と作っている文芸誌)の次号のテーマをシュルレアリスムにしようと話がまとまったのは9月のことだ。どう足掻いても時すでに遅しだったので、後悔しないことにした。過去のある時点の自分には成し得るはずがなかったことは後悔に値しない。今出会えたことに感謝して、テキストを買って帰った。

帰りの電車で、さっき買った本を読んでいた。すると、隣に座っていたヘッドホンをつけた若い男の子が急にうずくまった。なんだろうとチラッと見ると、鼻血が止まらなくなったようだった。慣れているのか、片手で手際よく血を受け止めながら、もう片方の手でポケットティッシュを開けて対処していた。血を受け止めていた手のひらには、手相に沿って血が溜まっていた。男の子は一通りの処理を終えると、次の駅でサッと降りて行った。

妹も、よく鼻血が止まらなくなる子供だった。妹からは、鼻血が出たらすぐに冷やして血の巡りを抑えること、ティッシュで鼻の穴を上から下に拭くと血が止まるけれど、下から上へ拭き上げるといつまでも止まらないことを教えてもらったことがある。小学校、中学校、高校と年を重ねるごとに鼻血の話題は減っていったので、もう出なくなったのかと思っていた。けれど高校の時に聞いてみたら、頻度は減ったものの全く出なくなったわけではなく、ササっと処理するのが上達しているだけのようでびっくりしたのだった。

妹の鼻血関連で一番ショッキングだったのは、やはり幼少期の両鼻血事件だ。寝ている間に両方の鼻の穴から鼻血が出続けて、妹の髪の毛が血まみれになり、たてがみのような形で固まってしまったのだ。寝相の悪い私が妹の頭を蹴ったのではないかと親から疑われた記憶がある。その時は無罪だった。ところが後日、前歯がぐらぐらしていた妹の頭を本当に蹴ってしまい、抜けた乳歯がベッドの隙間に落ちてしまったことがある。なぜか我が家では、上の歯は床下に、下の歯は屋根に向かって投げるというおまじないをきちんとやっていた。そのために、母はどこかに飛んで行った歯を頑張って探していた。どこかに飛んで行ったならそれでいいやんと思ったけれど、自分の歯ではないので、そういうわけにもいかなかった。