2026年10月18日日曜日

出席扱いと秋の秋田

団地のお休み処の15周年を祝うお祭りに行った。終盤からだったけれど、市の教育長、団地の運営側の人、アートプロジェクトのディレクターなどによるトークイベントを聞いた。市の教育長によると、最近の中学校では、学校を休んでディズニーランドに行っても、そこで何を学んだのかをきちんと申請できれば出席扱いになるという。勝手に課外活動をするようなことが許されているらしい。教育長は、このお休み処も子どもの居場所の一つとして、ここで過ごすことが出席扱いになるような場にしていきたい、そのためには運営に関わる大人たちにこのことを知っていてほしい、というような話をしていた。

身近に義務教育課程の子どもがいないので、そんなことになっているとは知らなかった。不登校研究をしている人は周りに割といて、一緒にワークショップをしたこともあるのだけど。社会全体で、画一的でない多様な学びの形を許容する流れになってきているのだろう。

月末にゼミで秋田へ行くので、それまでに博士課程の制作と執筆のスケジュール、エスキースなどの資料を紙の上でまとめて、見せられるようにしたい。そこで1時間くらい散歩をして、無印でノートとルーズリーフを手に入れてきた。行きはよく知っている道を、帰りは全く知らない道を通った。近所にもまだまだ知らない道がある。普段は車移動が多いので、歩きや自転車でこそ近道になるような細い道に入る機会が少ないからだと思う。

先月秋田に行った時、関東とあまり気温が変わらないなと思った。それでゼミの時に「10月末の秋田って、まだそんなに寒くないですよね?」と尋ねてみた。すると秋田経験者がみんな、歯を食いしばってガタガタ震えるジェスチャーをしてきてちょっと面白かった。すでにめちゃくちゃ寒いらしい。関東はまだ厚着すると暑いので、薄手の長袖に密度の高いダウンジャケットを持っていくのがちょうど良いのかなと思った。秋田の暖房はガンガンに効いていることが多いのかも確認しておけばよかった。

2026年10月17日土曜日

蝶番の群れとカピカピのお米

朝起きてすぐ、2時間くらいClaude CodeとBlenderを連携して3DCGアニメーションを作る方法を試していた。蝶番の群れが飛ぶ映像を試しに作っていて、昔描いたイメージボードや、夏休みの間に別々の場所で2度出会った鳥の大群の映像を読み込ませた。片方はムクドリ、片方はシラサギの群れで、その飛ぶ動きをトレースさせた。AIは0から0.7くらいまでを作るのがとんでもなく速く、ざっくりこういうイメージ、というところまではすぐにできた。でもここからが難しい。微妙に違うニュアンスを伝えても、伝わることもあれば、一向に伝わらないこともある。言葉での指示を諦めて、プリビズと赤入れ用の絵コンテを出力してもらった。明日はひたすら手作業でAIの成果物に赤入れをして、どこまで修正してもらえるかを確かめる。

Claudeが映像を書き出すのにはそこそこ時間がかかるので、待ち時間にレースを編み、溜まっていたブロッキング(編み上がったレースを濡らして形を整える作業)も少し済ませた。理想的な細かさのフィレクロッシェを目指して試行錯誤した結果、80番の糸ならそこそこ入手しやすく、理想に近い細かさになるとわかった。今はひたすら編むフェーズにいる。

ダルマの80番レース糸を使い切ったので、今はDMCの80番を編んでいる。同じ80番でも、糸の柔らかさの違いで編み上がりのサイズが若干違うことが編んでみてわかった。ダルマの方が柔らかい。柔らかいが故に特に序盤はかなり編みにくいのだけど、とても繊細なニュアンスが出る。DMCは糸にハリがあって、編み目に少し隙間ができてしまう。1辺20cmを超える大きめの作品なら全く問題ないが、1辺10cm以下のレースを編んでいる身としては少し物足りない。ただ、ハリがあるぶんとても編みやすいので、プロトタイプや素早く仕上げないといけないものには良いかもしれない。

最近、コクヨのワーキングチェア「ingLIFE」を家に導入して、あらゆる作業が捗っている。無理やりソファで作業していた頃に比べて腰は痛くならなくなった。ただ、肩甲骨の間の背骨周りの筋肉がカピカピになったお米みたいになり、バキッと衝撃が走りそうで、思うように身体を動かせなくなる時がある。ここはまさに、脊椎側弯症の手術で背骨の移動距離が一番長かったであろう箇所だ。背骨の移動に従って、周辺の筋肉の配置も大改造されている。ここ4年くらいは背中全体が痛み、感覚がマスキングされている感じがずっとあった。それが徐々に、一番の原因の箇所だけがピンポイントで痛むようになってきた。

メンソレータムの「ラブ」という塗り薬がある。筋肉痛、腰痛、関節痛、肩こりなどに効く塗る湿布のようなものなのだが、このラブが側弯の手術後の筋肉の強張りに結構効く。ちょうど、カピカピになったお米に霧吹きで水をかけて、少し弾性を取り戻させるように。

2026年10月16日金曜日

ユーザー車検と日本一の歩道橋

車ユーザー歴6年目にして初めてのユーザー車検。ナンバー灯が片方切れていて、やり直しになった。2時間以内に直して戻ってくれば追加料金はかからないというので、急いで近くのイエローハットで直してもらった。整備士のお兄さんによると、ライトは叩けば一時的につくことが多く、そうやってその場を乗り切る人もよくいるらしい。店内には「クリアな瞳で美しさ際立つヘッドライトの目力UP」という、カラコンの広告のようなポスターが貼られていた。ヘッドライトが目に見えることは誰もが知っている、という前提なのがちょっと面白かった。

その後、日本で一番大きな歩道橋という中の島大橋へ行った。いわゆる歩道橋は横断歩道のない大きな道路を渡るためのものだが、ここは東京湾に浮かぶ小島へ渡るための橋だった。歩道橋なので、渡れるのは歩行者と自転車だけだ。島には広い草原が広がり、ベンチが点々と置かれていた。シーズンには潮干狩りもできるらしい。島の奥には小さな舟がたくさん泊まっていた。おそらく帆を張るための金属の棒が、舟が波に揺られるたびにぶつかり合って、鉄琴のような音を立てていた。橋の上では、カップル一組と中学生三人組と釣り人とすれ違った。

帰り道、ガラス工場から大きな蝋燭のような炎が上がっているのが見えた。炎はボッボッボッとリズミカルに、大きくなっては小さくなっていた。夜通しガラスは溶かされて、形を変えていくのだろう。




2026年10月15日木曜日

赤ちゃんと中指

11時頃の外は露天風呂みたいな気温だった。

電車に乗ったら、隣に座った女性に抱かれた赤ちゃんに顔をガン見されながら、おくるみ越しに右肘をふみふみされた。電車はじきに地下に入った。日光が遮られたからか気圧の変化からか、赤ちゃんも私もなんだか眠くなり、右肘を踏まれたまま一緒に寝た。

お昼からの仕事は昼食のタイミングが難しい。オリジン弁当で軽食だけ買っていこうと入ったら、一番好きなひじきおにぎりが復活していた。ここ数ヶ月入荷していなかったので、無くなってしまったのかと思っていた。嬉しかった。目覚ましかつ糖分補給用にファミマでカフェラテを買って、職場へ向かった。

今日の通訳では、右手中指と左手中指を取り違えたまま、しばらく指点字を打っていた。自分でもなんでそうなったのか分からない。通訳中はほぼ脊髄反射し続けているみたいなもので、半分意識が飛んでいる感じすらする。指摘を受けて、脈絡もなく『ちはやふる』を思い出した。利き手を怪我した千早が左手で札を取るために、札の並びを左右逆にしていた場面だ。目で見た配置ではなく、腕を伸ばす長さと角度で札の位置を把握しているということみたいだった。

今日知った言葉は「抵当」「山師」「斗い」で、物騒なボキャブラリーが増えた。

2026年10月14日水曜日

白檀とケチャップ

朝電車に乗ったら、白檀の匂いがする公家みたいな顔をした男が、吊り革を両手で持っていた。電車は混んでいたけれど、高三の冬と比べたらどんな満員電車もマシだと思える。その冬、私は2週間だけ荻窪から御茶ノ水の美術予備校へ通っていた。画板とスーツケースを持ったまま満員の中央線に乗り、サラリーマンたちと手押し相撲みたいなしょうもないバトルを繰り広げていた。力をかけては、あえて抜いて相手を転ばせるのだ。

京都にいたときは、電車でリュックを身体の前に抱えたことなんてなかった。そんなことをしたら背中がガラ空きで、なんだか気持ち悪かった。でも、そんなことも言っていられない満員電車を東京で経験してからは、リュックを背負ったまま電車に乗ることはなくなった。

コンビニに行ったら、レジにスマホを持った男性が並んでいた。チラッと見えてしまった画面には、大きく「こんにちは ケチャップはありますか」と書いてあった。中国語から翻訳したもののようだった。私はそのコンビニで、郵送してもらった100分de名著のリチャード・ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』を受け取って家に帰った。

以前、リチャード・ローティについて調べていたら、荒川さんがパソコンをのぞいてきたことがある。荒川さんもローティのことはほぼ知らなかったはずなのに、ローティの幼少期のエピソードにいたく共感していた。そして「自分の好きな哲学者のことに、おくちーが興味を持っていて嬉しい」と言ってきた。謎の事態だった。久々にその話をしてみたが、荒川さんはリチャード・ローティの存在ごとすっかり忘れていた。