2022年3月14日月曜日

春眠暁を覚えず

最近毎晩10時間以上寝ている。
正直いくらでも寝られる勢いなのだが、お腹が空くのでそれくらいで起きることが多い。
なんでそんなに寝られるのか。疲れるような作業をしたわけでもないし、むしろお昼寝している日もあるので何故だろう…と思っていたが、今日、多分花粉症の薬のせいではないかと思い至った。

花粉症の薬は、薬に含まれる抗ヒスタミン薬が体内のヒスタミン受容体と結合することでアレルギー反応が抑えられるという仕組みらしい。しかしこのヒスタミン受容体には脳の働きを活発にするという作用もあるらしく、花粉症の薬に含まれる抗ヒスタミン薬を服薬すると「脳の活動が低下する」という副作用を引き起こすのだそう。そして、この抗ヒスタミン薬は、特に飲み始めの数日は薬の血中濃度が急激に高くなるためこの副作用が強く出るとのことだった。

数日前から花粉症の症状が出てきて薬を飲み始めたところだったので、この線は濃厚そうだ。

こういうことを調べると、図解でY字の物質や菱形の物質など幾何学的な形がたくさん出てくるけれど、T2ファージのように割と本当にこういう形をしているのだろうか。
見えないから実感が無いけれど、本当にそうなら明快で良いなと思った。
今、とり・みきや横山裕一の漫画のような、幾何学的な線で描かれた世界が頭の上に浮かんでいます。

2022年3月8日火曜日

検査と髪ゴム

昨日は色々な検査を受けた。
身長体重計測、6本の採血と検尿、仰向けと立像のレントゲン、CTスキャンをやった。

特に仰向けのレントゲンが印象的だった。
この検査は私の背骨のポテンシャル確認のため、仰向けに寝転んだ私の頭部と脚を引っ張って背骨がどこまで伸ばせるのか、S字はどれだけI字に近づくのか見るものである。
検査の流れを思い出してみる。
いつも立ってレントゲンを撮っていたので拍子抜けしつつ硬い樹脂製の台に仰向けに寝転ばされるやいなや、首のコルセットのような頭を引っ張りやすくするための器具を装着された。するとバックヤードから現れたプラス2人の技師に片方ずつ脚をしっかり抑えられ、その状態でカウントが始まった。レントゲン写真がブレないように息を吸って止めた瞬間、グッと頭部を引っ張られた。じわじわとではなく撮影の瞬間にグッと引っ張られたので、思わぬ勢いに首がバキバキバキ!といって技師さんにめちゃくちゃ笑われた。でもバキバキいっただけで、引っ張られたことによって背骨が伸びた感覚はあまりなかった。しかし撮られたレントゲンを見ると思ったより伸びていて、担当医にも「歳にしては柔らかい」と言ってもらえたのでそれは素直に嬉しかった。

時間を戻してレントゲン後、私は髪ゴムをレントゲン室の更衣室という狭い空間内で失くしてしまっていた。レントゲンの際、身に付けている金属は全て取り外さねばならないので、小さい金具のついた髪ゴムも眼鏡と一緒に外してカゴの中に置いといたらゴムだけ見当たらないという事態になったのだ。技師さん2人が洗濯前の検査着を全部確認してくれたり、あちこち探してくれたけど見当たらない。なぜそんなにも執着したのかというと、帰京の際に髪ゴムをひとつしか持ってきていなかったのと、それが細い髪ゴムを三つ編みにして金具で留められた少し意匠を凝らしたタイプの髪ゴムで、手放すのは名残惜しく思っていたためであった。だがここで時間を取られるわけにもいかないのでそろそろ諦めるか……と思った矢先、床に這いつくばっていた技師さんがレントゲン装置の下から髪ゴムを見つけ出してくれた。
その髪ゴムは束ねた髪から外したままのような丸まった状態で、髪ゴムと言われてパッと想像する形からは少々かけ離れていた。ペットボトルキャップ大程の黒いネジネジの塊と言えばなんとなく想像がつくだろうか。髪ゴムということで黒い輪っかを無意識に探していたものだからこのことは盲点だった。
同行していた父に、物を探すときはあり得る形態全てのパターンを頭の中で想像し、共有してから探すようにと言われた。その通りだと思った。

病院というのはなんとなく、死という分岐点が鮮明なところとか砂浜と似ているなとも思った。

2022年2月25日金曜日

小鳥

渋谷区と目黒区の堺らへんの歩道で、腹を喰われた小鳥が落ちているのを見た。抜けた羽の塊かと思ったら肉と骨が見えたので死体だとわかった。

それは灰色の羽を持つ鳥で、背骨と首の骨がまっすぐ伸びた先に安らかな顔をした無傷の頭部がついていた。
柔らかく閉じた目に軽く閉じた嘴。それはそれはあまりにも安らかな顔で、すぐ隣で行われている道路工事の作業員の苦しそうな顔と対照的だった。

写真を撮ったものの、閲覧注意だなと思いアミ点加工をしました。注視するかはお任せします。



2022年1月15日土曜日

舌磨き

舌用のシリコン製ブラシが届いたので、今日から舌磨きをはじめることにした。

説明書きによると、味蕾を傷つけないように優しく奥から手前へ引いて使うらしい。
味蕾が傷つくのは確かに良くなさそうだけれど、傷つくことでどうなるのか具体的にはわからなかった。

味がわからなくなるとか?
それならかなり一大事だし、ごしごし舌磨きをしている層へもっと声を大にして主張したほうが良いと思ったがいかに…。

2022年1月1日土曜日

《部屋/形態》

《部屋/形態》において絵具は部屋の中から流出することはない。その映像は完全変態の昆虫が厚いさなぎの殻の中で体の中身をすごい勢いで作り替えていく様を想起させた。


水にインクを垂らせばインクの粒子は自然に拡散し水の中に広がっていくように、自然界では物質の状態は全て乱雑さが大きくなる(エントロピーが増大する)方向に動く。そのため生物は皆、無秩序さを減少させて生態を維持しようとし続けている。しかしさなぎという状態は外界からシャットアウトすることで自分の体の組織をさなぎ内で作り替えることに集中する。つまり自然界から閉じこもることにより己の秩序を保ちながら変化していくのである。


窓を開ける(換気する)ということは、エントロピーが増大する不可逆なことであると言える。しかし、《部屋/形態》に登場する部屋は窓はあるものの開く兆しは無い。先ほどのさなぎのように、密室状態である。その密室内で絵具たちは蠢き自らを作り替え続ける。ただ、さなぎと異なるのは羽化という終焉がないということである。巻き戻しという映像の特性を用いることで、《部屋/形態》はさなぎであり続けることが可能になる。


一方ぬいぐるみというものは負のエントロピーの究極に近い状態と言えるだろう。散逸構造と無縁のぬいぐるみにとっては、表面に現れている色や形がその全てであり、詰め込まれている綿やビーズは内側からそのシルエットを補強するものにすぎない。内側と外側からの圧力差で、その外側の表面にぬいぐるみはあらわれる。


似て非なるものに着ぐるみがある。着ぐるみはウレタンやセシーナでキャラクターの外骨格を作るが、何よりの違いは中に人間が入るということである。空っぽの中身に人間という筋肉や内臓器官を補填することで命を宿すのだ。一方、人間サイドからするとそれは最小単位の密室だと考えることもできる。私は試作品の着ぐるみに入ったことがあるが、試作品だったので目は開いておらず、入るとそこは薄暗い個室のようだった。外からの声に任せて身動きを取ってみるけれどだんだん声の方向があやふやになってどっちが前でどっちが後ろなのかよくわからなくなった。進みたい方向や向きたい方向という欲望が私の内から無くなると、外の世界における「前」という概念は無意味なものに感じられた。それはただ私はここに立っていて、どんな方向を向いても目の前にはスポンジの壁が見えるという事実だけが確固たるものとして理解できる状況である。