2026年10月26日月曜日

八重歯とさみしさ


今日は歯列矯正の初回カウンセリングに行ってきた。荒川さんの紹介と伝えると初診料が1000円引きになった。レントゲンなどは撮らず、歯を見せて、大体こういう矯正のスケジュールになるだろうという所見を聞く。それを踏まえて、本格的な型取りやレントゲンなどの検査に進むかどうかを決めるためのカウンセリングだった。

問診票では家族の歯並びのことなどいろいろ聞かれて、個人情報を結構明け渡した。両親は歯並びが割と良くて、私と次女はちょっとだけ前歯が大きめで歯並びが崩れている。一番下は歯が小さくて歯並びがいい。側弯症の手術をしたことなども伝えた。

歯医者は私の八重歯を指で撫で、「典型的な八重歯ちゃんでちゅね〜」と言った。

私の今の口の状態は、4人掛けのベンチに6人が押しくらまんじゅうして座ろうとしているイメージだそう。つまり顎のサイズに対して歯が収まりきっていない。だから本当に矯正するなら上下合わせて4本は抜く必要があって、それは親知らずを含めない本数なので、親知らずも入れたら8本抜く必要があるそうだ。

本当に矯正するとなると、月に1回は通院が必要で、それを3年〜3年半。ワイヤーが取れた後もリテーナーをつけて、そこから1年ぐらいは月1回来てほしい、その後は半年に1回くらいで大丈夫になっていく、とのこと。つまり4年くらいは月1回この歯医者さんに通える状態でいないといけない。矯正前に抜歯などのスケジュールもあるわけだから、就職先や住む場所など、今後5年くらいの生き方が決まってくる話だなと思った。まあ、それぐらいをいろんなことの準備期間として捉えてみてもいいのかもしれない。

診察の後は、駅ビルの本屋さんに寄った。もともと気になっている本があったんだけど、この間のPHPの脆弱性の問題が原因なのか、本の検索サービスが使えなくなっていた。店員さんに聞くほどでもないので、ふらふら探しついでにいろんな本を眺めていたら、ひとつ気になる本を見つけた。難波優輝『存在のさみしさについて』。帯には、「さみしいと感じるものから、よく考えるとさみしいものまで、その感性をたどる」と書かれていた。

カフェに入って半分ぐらい一気に読んだ。第1章ではヘミングウェイの「清潔で、とても明るい場所」が紹介されていて、数年前に自分も興味を持って読んだのを思い出した。確か、深夜のカフェに耳の聞こえないおじいさんが来て、新人のウェイターと先輩ウェイターが老人を見ながら色々話すような小説だったと思う。難波さんによると、清潔で明るい場所は「触覚的なつるつるさ、光学的なシャープさ、そして、食べ物との関係性の特殊さによって、独特のさみしさを生み出している」。そしてそれは自宅ではうまく実現し続けられないから、私たちは外に清潔で明るい場所を求めるのだという。

散歩コースにそんな場所はないか思い出してみる。暗い夜道にぽつんと光っているコンビニのイメージは、「清潔で、とても明るい場所」という言葉にかなり近い気がする。でも最近のコンビニはレジ前に置いてあるおでんや揚げた鶏、ドーナツ、コーヒーなどの匂いがする。遠くから眺めていた夜のコンビニの映像にぐっと寄って、そういった食べ物の匂いが入り込んできた瞬間、「清潔で、とても明るい場所」というイメージからはちょっと外れてしまう。むしろドラッグストアみたいな、棚にいろんなものが整然と並んでいて、天井にたくさんの蛍光灯がついていて、白く満遍なく明るい部屋。それが一番近いかもしれない。でもこの私にとっての「清潔で、とても明るい場所」は、さみしさを伴うイメージとはまた違う気がする。

私はさみしさに鈍感で、楽しい状態がずっと続いても平気なタイプだ。そういえば荒川さんは、楽しすぎることがずっと続くのは結構大変で、ちょっと切ないくらいが良いと言う。6年前にそれを聞いたときは、「そんな人がいるのかよ」と本当にびっくりした。でも今日この本を手に取って、さみしさに身を浸すことが好きな人がこの世にはたくさんいるのかもしれないとわかり、やっぱりさみしさについては知識としてでも知った方がいいなと思ったのだった。